Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録24章10~23節

聖書研究 使徒言行録24章10~23節(新共同訳 新約pp.262-263)

【概要】
 パウロは、自分は告発者が「分派」と呼ぶ道に従って主なる神に仕えていると総督に語った。また、礼拝のためにエルサレムに来てから、まだ12日しか経っていないこと、清めの式に与って、神殿で供え物を献げた時も、特に騒動はなかったことを弁明した。総督フェリクスは千人隊長リシアが下って来るまで裁判を延期することにした。

【歴史的背景】

【釈義】

【黙想】
(1) パウロ、フェリクスの前で弁明する(10~16節)

 キリスト者は、聖書に「書いてあることを、ことごとく信じ」(14節)、旧約において預言されたメシアがイエスであることを受け入れ、この方によって「正しい者も正しくない者もやがて復活するという希望」(15節)を抱いた者である。パウロは、自分の無罪を論理的に立証した後、信仰を告白しながら、弁明の機会を福音伝道の機会とした。その際、パウロは「確かめていただければ分かることですが」(11節)と言って、総督の理解を求めた。また、自分が抱いている復活の希望について「この人たち自身も同じように抱いております」(15節)と述べ、ユダヤ人の理解も求めた。このように相手の理解を求めながら、論理的な説得と信仰告白を続けていくことは、敵対的な環境で福音を伝える時に学ぶべき方法である。「神に対しても人に対しても、責められることのない良心を絶えず保つように努め」(16節)る時、福音は力強く伝わる。

(2) 堂々と真実を語るパウロ(17~23節)

「真実を語る唇はいつまでも確かなもの」であるが、偽りを「語る舌は一瞬」だけである(箴言12章19節)。法廷でテルティロは偽りを語ったが、パウロは真実だけを語った。パウロエルサレムに来たのは、「同胞に救援金を渡すため、また、供え物を献げるため」(17節)であった。彼は、ユダヤ人の誤解を解くために、律法の定めに従って「清めの式にあずかっ」(18節)た。パウロは、自分が尋問されているのは「死者の復活」について語ったためであると言い(21節)、福音の核心を伝えた。ユダヤ人の宗教をよく知っていた総督は、パウロの無罪を認めたが、最終的な判決を下すことを延期した(22節)。しかし、彼の好意はパウロに対する認識が悪くなかったことを示している(23節)。キリスト者はいつも真実で誠実な人生を求めなければならない。

【適用】
1. パウロが法廷で弁明する時、堂々と語ることが出来たのは何故か。私達の言行には良心に責められる部分はないか。

2. 何故パウロは法廷で「復活」のことで裁かれていると言ったのか。福音を知らない人に時が良くても悪くても御言葉を伝えるパウロの姿から、聖徒としてのあり方を学ぼう。

祈り
 今も生きておられ、私を見守ってくださる主よ。主の御前で責められることのないように良心を保ち、人々の前でも堂々と歩むことが出来ますように。霊的にいつも目を覚まし、主が備えて下さった福音伝道の機会を逃さず、聖霊の導きによって伝えることが出来ますように。