Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録24章24節~25章5節

聖書研究 使徒言行録24章24節~25章5節(新共同訳 新約p.263)

【概要】
 フェリクスは、妻と一緒にパウロから「キリスト・イエスへの信仰について話を聞い」て「恐ろしくな」ったが、「金をもらおうとする下心」のために、パウロを「度々呼び出し」た。2年後、後任のフェストゥスがエルサレムに上ると、ユダヤ人の指導者達は、暗殺を企ててパウロを「エルサレムへ送り返すよう」懇願した。しかし、フェストゥスはこれに応じなかった。

【歴史的背景】

【釈義】

【黙想】
(1) 救いよりも金を願う総督フェリクス(24章24~27節)

 私達が二心を抱かず、心をきよくして主なる神に近づくなら、主なる神も私達に近づいて下さる(ヤコブの手紙4章8節)。フェリクスは二心を抱いていた。彼はパウロが伝えた福音に関心を持ち、イエス・キリストの福音を聞こうとする思いが生じた(24節)。しかし、それと共に、パウロから賄賂を「もらおうとする下心」(26節)、また「ユダヤ人に気に入られよう」(27節)とする下心もあった。フェリクスは、「正義や節制や来るべき裁きについて」の話を聞いて恐れを感じながらも(25節)、自分の欲と不義を悔い改め、救いを得る道へと進まなかった。永遠の命よりも世の富と誉れと権力の方が価値があると思ったのである。真理を聞いて従う決断をすべき時は〈今〉であって、〈次〉ではない。

(2) 再び試みられる陰謀(25章1~5節)

 悪しき勢力は神の人を執拗に攻撃する。フェリクスに続いて総督となったフェストゥスが「エルサレムへ上」ると(24章27節~25章1節)、「祭司長たちやユダヤ人のおもだった人々」(2節)は、またしてもパウロを「殺そうと陰謀をたくらん」(3節)だ。2年という歳月が流れても(27節)、彼らは邪な考えを捨てなかったのである。彼らは、正式な裁判では犯罪の証拠がなく、パウロに死刑判決が下されないことが分かったため、暗殺を企て、パウロを「エルサレムへ送り返すよう計らっていただきたいと、フェストゥスに頼んだ」(3節)。フェストゥスは、有力者達の要求であっても無条件に聞き入れず、自分と一緒にカイサリアに行って、パウロを「告発すればよいではないか」と答えた(5節)。主なる神が介入して、またもやパウロを守って下さったのである。キリスト者に対する主なる神の熱心は、邪悪な者の攻撃よりも偉大である。

【適用】
1. フェリクスは何を重視する人であったか。私達は世のものと永遠のもののうち、どちらを選び、〈今〉どのような御言葉に応答すべきか。

2. 義の模範を示すべき祭司長やユダヤ人の指導者は、どのような正しくない姿を見せたか。キリスト者として捨てるべき罪は何か。

祈り
 主だけでなく、富や名誉を望む二心があることに気付かされました。主が私の人生の全てであることを心から告白することが出来るよう、主への純粋な信仰を回復させて下さい。正しくない目的で私を利用しようとする人にも、大胆に主を伝えることが出来ますように。