Five Solas Ministry

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三田村『大東亜戦争とスターリンの謀略』pp.47-48

三田村 武夫『大東亜戦争スターリンの謀略――戦争と共産主義』自由選書, 東京: 自由社, 1987年, pp.47-48

「田中氏は、その著『日本軍閥暗闘史』の中で『支那事変の中途、武藤章氏が軍務局長となるや、左翼の転向者(これを私は転向右翼と名づけた)が、彼の周囲にブレーンとして参加した。陸軍省の部局に転向共産主義者が召集将校として起用されたのはこの頃である。統制派政治軍人の理念はこれがためにさらに飛躍した。すなわち大東亜共栄圏の理念である。この理念はコミンテルンの被圧迫民族解放の理念と表裏一体のものである。転向右翼との握手により、統制派の国防国家建設の理念から大東亜共栄圏建設の理念へと発展したことは、やがて三国同盟の締結となり、大政翼賛会の創設となり更に翼政会の出現となり、我が日本を完全なる全体主義国家に変貌せしめた。しかも太平洋戦争の勃発は、憲法を無視する推薦選挙の暴挙を生み、国民から言論結社の自由を奪い、こゝに世界史に稀にみる軍部独裁の政治体制を確立したのである。この政治体制は陸軍が転向右翼の戦争に乗ぜられたものでなくて何んであらう。統制派の政治軍人が軍人の本分を忘れ、濫りに政治に関与し、国民に号令しつゝあるとき、私のいわゆる転向右翼はすでに統制派の内部に巣喰ひ、彼等転向右翼が目指す祖国敗戦の方途を画策しつゝあつた。政治にも思想にも将た又経済にも殆んど無智な軍人が、サーベルの威力により、その付け焼刃的理念を政治行動に移して強行し、自己陶酔に耽りつゝあつたとき、巧妙にして精緻なるこの種の策謀に乗ぜられたのは当然の帰結である』(同書八三頁、八四頁)と言つてゐる」