Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録26章1~11節

聖書研究 使徒言行録26章1~11節(新共同訳 新約pp.265-266)

【概要】
ユダヤ人の慣習」をよく知っているアグリッパ王の前でパウロが弁明を始めた。彼は、自分はユダヤ人の中でも「いちばん厳格な派である、ファリサイ派の一員」であるのに、主なる神が約束された復活のことで「ユダヤ人から訴えられている」と述べた。そして、以前は彼自身も「ナザレの人イエスの名に大いに反対」し、聖徒達に対して「激しく怒り狂い」、「迫害の手を伸ばした」と語った。

【歴史的背景】

【釈義】

【黙想】
真の希望を知る前と後

 主なる神の恵みは罪人の頭さえも変える。回心する前のパウロは、「祭司長たちから権限を受けて」、キリスト者を「牢に入れ」、「彼らが死刑になるときは、賛成の意思表示をした」ほど、率先して教会を迫害していた(10節)。それが主なる神に仕えることだと考えたからである(9節、ヨハネによる福音書16章2節)。主なる神に対する熱心さはあっても、真の知識はなかったのである。そのような彼が復活された主イエス・キリストに出会った。そして、ユダヤ人達が待ち望んでいた主なる神の約束がイエス・キリストによって実現したことを知った(6~7節)。その結果、パウロは、自分が「大いに反対すべきだと考えてい」た「ナザレの人イエスの名」(9節)を宣べ伝えるようになり、法廷でも主なる神がイエス・キリストを甦らせたことを証しする者に変えられた(6節、8節)。新しく生まれた人は自分の恥ずべき過去さえも主を伝える道具として用いる。

【適用】
 パウロがアグリッパ王の前で自分の過去について語った意図は何か。新しく生まれる前と後の変化を人々に話し、希望の主を伝えよう。

祈り