Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 エフェソの信徒への手紙4章25~32節

聖書研究 エフェソの信徒への手紙4章25~32節(新共同訳 新約p.357)

【概要】
 聖徒は、「偽りを捨て」、「怒ることがあっても、罪を犯してはな」らず、「悪魔にすきを与えてはな」らない。また、「その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語り」、聞く人に恵みを与えなければならない。更に、「神の聖霊を悲しませ」ないよう、「無慈悲、憤り、怒り、怒り、わめき、そしりなどすべてを、一切の悪意と一緒に捨て」去り、「互いに親切にし」、「憐れみの心」をもって赦し合わなければならない。

【歴史的背景】

【釈義】

【黙想】
(1) 捨てるべき罪(25~28節)

 新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れなければならないように、新しく生まれた者には新しく変えられた姿が見られなければならない。まず「隣人に対して真実を語り」(25節)、どのような状況でも正直でなければならない。正直さは「真理に基づいた正しく清い生活を送る」(24節)最善の方法である。また、「怒ることがあっても、罪を犯」さないようにし、怒り続けてはならない(26節)。「人の怒りは神の義を実現しないから」(ヤコブの手紙1章20節)である。怒りを利用してその人自身や共同体を破壊しようとする「悪魔にすきを与えてはな」(27節)らない。また、「盗みを働いて」(28節)はならない。主なる神のものを主なる神に献げないことも、怠けて人に頼ることも盗みである。「労苦して自分の手で正当な収入を得、困っている人々に分け与える」(28節)ことが望ましい姿である。自分が「新しい人」(23節)となったことを、言葉ではなく行動で示そう。

(2) 恵みを与える生き方(29~32節)

 聖霊の導きに従う聖徒は世の人々とは異なる。聖徒は人を害する「悪い言葉を一切口にし」ない。「その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語」って、その人の徳を養い、聞く人に恵みを与える(29節)。「舌を制御」するのは難しいことであるが(ヤコブの手紙3章8節)、信仰が深くなればそれも可能になる。また、聖徒は「無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしり」を、それらの原因である「悪意と一緒に捨て」去る(31節)。これらは全て「地上のもの、この世のもの、悪魔から出たもの」(ヤコブの手紙3章15節)である。これらを捨て去ってこそ、キリストの平和を味わうことが出来る。更に、聖徒は、「神がキリストによって」罪人を「赦してくださったように」、「互いに親切にし、憐れみの心で接」する(32節)。これらは、聖霊の助けなしには出来ないことなので、私達は「贖いの日」(30節)まで聖霊に拠り頼み続けなければならない。

【適用】
1. パウロが聖徒の行うべき生活の規範を記したのは何故だろうか。新しく生まれた者として私達が捨てるべき罪は何だろうか。

2. 「聖霊を悲しませ」ることにはどのようなことがあるか。隣人に恵みを与える生き方をするために、私達がすべきこと、すべきでないことは何だろうか。

祈り
 偽りや怒りが心の奥底に付け入る時、主の前に平伏すことが出来ますように。主の御名を汚すことの多い、弱い私を聖霊様が導いて下さり、主を信じる者として隣人に恵みを与える姿へと変えて下さいますように。