Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

Helm, Calvin and the Calvinists (松谷訳『カルヴァンとカルヴァン主義者たち』pp.115-116)

Helm, Calvin and the Calvinists (松谷訳『カルヴァンカルヴァン主義者たち』pp.115-116)
【関心・疑問】

【論文名】
第三章 キリストの死と執り成し

【著者名】
Paul Helm (松谷 好明訳)

【書名・(巻・号)・出版社・出版年・(版)】
Calvin and the Calvinists, Murrayfield Road: The Banner of Truth Trust, 1982
(『カルヴァンカルヴァン主義者たち』上尾: 聖学院大学出版会, 2003年, pp.85-126)

【本文の構成】
第一章 序論 新しいカルヴァン
第二章 カルヴァンの立場
第三章 キリストの死と執り成し
第四章 キリスト者の回心
第五章 行いによる救いか

【内容の要約(ページ数)】

【引用したい文章(ページ数)】
(1) 「キリストはすべての人のために死なれた」は、何を意味するか

 この問いに対する幾つかの答えは、直ちに除外できる。カルヴァンは、キリストの死はただすべての人が従うべき模範にすぎなかった、とは考えていなかった。なぜならカルヴァンは、キリストの御業は代償的贖罪(vicarious atonement)だと信じていたからである。カルヴァンはまた、すべての人の究極的救いを獲ち取るような仕方ですべての人のために死なれたと考えていたはずはない。なぜなら、カルヴァン普遍救済主義(universalism)を信じていなかったことは非常に確実だからである。すでに見たとおりカルヴァンは確かに、キリストがすべての人に宣べ伝えられ、すべての人が無償で彼のもとに来るよう招かれるようにするという意味で、すべての人のために死なれた、と考えていた。カルヴァンはまた、信ずるものがすべて救われるために、すべての人のために死なれた、と考えていた。これらの命題はいずれも、限定的ないし制限的贖罪と両立する。[これに対してケンドールの場合]キリストは他の人々のために死なれたというカルヴァンの信念と、すべての人がキリストを通して救われるわけではないというカルヴァンの信念を正しく扱い、同時にまた、制限的ないし限定的贖罪と一致しない、そのような、「キリストはすべての人のために死なれた」の意味が必要となる。[しかし、]そのようなものはありえないと思われる。(邦訳pp.115-116)

【コメント】