Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

Schaeffer, The God Who Is There, p.140 (多井訳『そこに存在する神』p.227)

Francis A. Schaeffer, The God Who Is There: Speaking Historic Christianity into the Twentieth Century, London: Hodder & Stoughton, 1968, p.140
(多井 一雄訳『そこに存在する神――20世紀に問うキリスト教宣教』東京: いのちのことば社, 1971年, p.227)

キリスト教弁証学の仕事は、はね橋のある城の中に住んでいて、時々城壁の外へ石を放り投げることではない。またこれは、城郭の中にこもった精神状態――中に腰を落ち着けて、敵にここまで来いと叫んだりする態度――に基づいてなされるべきではない。クリスチャンが、理論においても実践においても、このような態度をとるならば、彼は二十世紀の思想を受け入れている人々との接点を失ってしまうのである。弁証学は単なる学問的な問題でもなく、新しいスコラ主義でもない。弁証学は今の世代と生き生きとした接触を保ち、また彼らと四つに取り組むなかで、徹底的に考え抜かれ、実行に移されなければならない。したがってクリスチャンは、ギリシア形而上学的体系のように程よく釣合いのとれた思想体系それ自体をただ提示することに関心を払ってはならない。むしろ、自分と同じ世代の人々によって問われている問題の現実と絶えずふれ合っているものに関心を払わなければならない」