Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

春名『恩恵の光と自然の光』p.80

春名 純人『恩恵の光と自然の光――キリスト教文化論集』聖恵・神学シリーズ; 38, 竹原: 聖恵授産所出版部, 2003年, p.80

「これに対して近代哲学の存在論は、罪あるアダムの目に映った世界である。立法者なる神の御意志を無視して自分の意志による行為に任されている世界である。いわば実在の世界を『人間がいかようにも処理可能なもの』、『ただ拡がっているだけのもの』(res extensa)と考える。そこはまだ手つかずの、神にとっても偶然的な世界である。それはまだ『解釈されていない世界』である。人間の解釈と自立的利用を待っている世界である。一切の権威から解放された自立的人間がこれに自律的に鋤と鍬を用いて耕すところに文化を考えるのであるから、この実在論の裏には、近代の自律的理性の認識論がある。すべての実在の根拠は人間の自律的意志である。近代人とは『その最も深い根拠において神から解放された人間』(ブルンナー)であることを欲した人間である。そこから人間の思惟をすべての実在の根拠とする考えが生まれる。『我思う。故に我あり』」