Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

春名『思想の宗教的前提』pp.6-7

春名 純人『思想の宗教的前提――キリスト教哲学論集』聖恵・神学シリーズ; 33, 竹原: 聖恵授産所出版部, 1993年, pp.6-7

「『不合理なるが故に、われ信ず』(Credo, quia absurdum est)というテルトゥリアーヌスのテーゼは近代の実存哲学や実存論神学にも大きな影響を与えた。再生者の新しい理性の位置付けがないために、信仰の真理は常に逆説・背理(パラ=ドクサ)となり、安心立命的静寂主義の方向へ行くか、逆に狂熱主義(enthusiasm)の方向へ行くかである。この世の思想に含まれる真理契機、政治、文化などの一般恩恵に支えられる相対的善に属する事柄、この世の種々の領域における信仰の具体化としての営み、それらを聖書の立場からどのように位置付け、批判し、またどう関係するかという論証の道は閉ざされて、信仰は次第に内面化して、聖書を体系的合理的真理として追究する教義学的熱心も成立せず、その信仰は専ら個人の内面性と主体性とにのみかかわる実存的真理となり、主観的敬虔主義となる」