Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

林『共産主義的人間』pp.95-96

林 達夫『共産主義的人間』東京: 月曜書房, 1951年, pp.95-96

「しかし私は思ふのだが、唯物論の歴史にとつて重要なことは、唯物論無神論的契機とでもいつたことを探ぐることではなからうか。これまでの唯物論の歴史的研究といへば、その大部分は判で捺したやうにその存在論的契機や乃至はその自然學的、方法論的契機に重點を置いてゐて、いま云つた方面を概して等閑に附してゐるやうに見受けられる。けれども唯物論とは、云つてみれば世界や存在を説明するための控へ目な淡々たる教説、またはその冷たい道具ではなくして、何物かを討ち倒すためのぎらぎら研ぎすまされた、敵側からこれを見れば物騒千萬な思想的武器だつたのではなからうか。唯物論の系圖屋さんがチェックした『唯物論者』たちは必ずしも無神論者ではないが、れつきとした無神論者の方は必ず唯物論者である。つまり、唯物論は反宗教闘争の有力な思想的武器だつたことがわかる。だから眞正の唯物論の歴史は、無神論の歴史を書くことによつて少くともその根幹だけはおのづから出來上るのではないかとも考へられる」