Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 マルコによる福音書12章38~44節

聖書黙想 マルコによる福音書12章38~44節(新共同訳 新約p.88)
「やもめの献金

 人々の目を意識して行動し、人から敬われることを求める律法学者の偽善的な姿をイエス・キリストが暴かれる。これは仕える僕として来られたイエス・キリストとは正反対の姿である。貧しい「やもめの家を食い物にし」ながら、人々から敬虔に見られようとして「見せかけの長い祈りをする」彼らの態度は、主なる神の御心から懸け離れている。一方イエス・キリストは、「一人の貧しいやもめ」が神殿の「賽銭箱」に「レプトン銅貨二枚」を「入れ」るのを見て、「この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた」とほめられた。「有り余る中から」「たくさん」ささげた「金持ち」の献金よりも、「乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れた」貧しいやもめの献金の方が、主なる神の目には価値がある。主なる神は、献金の額ではなく、献げる人の心と態度を見ておられる。