Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

藤田『カルト宗教事件の深層』p.275

藤田 庄市『カルト宗教事件の深層――「スピリチュアル・アビュース」の論理』東京: 春秋社, 2017年, p.275

〈構成〉
序章 信仰呪縛の構造――人はいかに心を侵されるか
第一章 オウム真理教事件の源流と麻原言説
第二章 オウム真理教――弟子たちの体験と犯罪の軌跡
第三章 蠢動やまない旧称統一教会(改名世界平和統一家庭連合)
第四章 跋扈続く諸カルト今も
終章 東日本大震災被災地に響く終末の脅迫――ものみの塔顕正会

〈引用〉
被害者敗訴判決を検証すると

 判決を検証する。問題は、教えていたに「とどまる」とした認識ぶりだ。宗教における「教え」は信仰行為を意味づけ、さらに促す強制力を有している。X子さんの「医療否定」はそうした教えの強制力のもとでの全き信仰行為であって、「教えていたにとどまる」どころではない。これまで記してきたように、N牧師のもと、沖縄キリスト福音センターの教えはきわめて強い力で信者を呪縛する。信仰は科学的検証が不能であるにもかかわらず、信仰が世界観の中枢を占めるや、聖職者や教祖は圧倒的あるいは絶対的な優位性をもって信者に臨む。その宗教レトリックは、現実生活においてリスクを負わされようと、信者をその信仰行為へと、昂揚感を伴って容易に乗り越えさせてしまう。たとえ疑念がわいてきても、それは「教え」に背くものであり、罪責感は自分に向かう。ましてや組織からの離脱は地獄行きだ。そのため、外形的には信者の自律的な判断のごとく見えてしまうのである。これがカルトの本質=スピリチュアル・アビュース(信仰虐待、霊性虐待)であり、日常生活から精神の自由にまで至るたいへんな人権侵害となる。結果、社会と人々の生存の自由は脅かされる。判決は、そうした宗教メカニズムが沖縄キリスト福音センターにおいて危険な働き方をしてきたことに、まったく無理解であることを暴露したものといえよう。教団や集団の枠を超えて社会に累を及ぼすのである。