Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 詩編50編7~15節

聖書黙想 詩編50編7~15節(新共同訳 旧約pp.883-884)
「神を崇める礼拝」

 心のこもっていない、生贄だけを献げる形式的な礼拝は、神の重荷になるだけです(イザヤ書1章14節参照)。神は生贄を必要とされる方ではありません。宇宙万物の創造主であり、主権者であるからです。神ご自身が生贄として必要な献げ物を定めましたが、生贄よりも重要なものは自ら進んでする感謝と従順であると語られます(14節)。感謝のない生贄は、心のこもっていない愛の告白と同じです。神は感謝する心で区別してささげる生贄、初めに誓願したことを真実に守り、生きる姿を通してささげる献身の生贄を喜んで受け取られます。礼拝を通して神と人格的な関係を結んでいる人は、苦難の日に神を呼び求めると、主が助け出して下さいます。これが神の喜ばれる礼拝者に対する主の約束です。