Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

春名『哲学と神学』p.211

春名 純人『哲学と神学』関西学院大学研究叢書; 第50篇, 京都: 法律文化社, 1984年, p.211

〈構成〉

第一部 カントの道徳神学
 序論 カントの純粋理性信仰
 第一章 カントの道徳神学――道徳神学の教義学・神論
 第二章 道徳的完全性の理想――道徳神学の教義学・キリスト論と救拯論
第二部 近代神学の認識論的基礎に関する弁証学的考察
第三部 キリスト教弁証学とキリスト教哲学のために
 第一章 キリスト教弁証学序説
 第二章 キリスト者と非キリスト者の学的思惟における「対立の原理」
 第三章 キリスト者と非キリスト者の「関係の原理」――カルヴァンにおける心CORと神の像IMAGO DEI
[付論] キリスト教哲学の根本問題――山中良知先生のキリスト教哲学について

〈引用〉
 ブルトマンにとっては、聖書は信仰の書であり、初代教会の信仰の所産である。聖書は、初代教会の宗教体験を表現しており、特に、初代教会の信仰者の自己理解を表現している。しかしながら、この表現は、その時代の世界観によって根本的に規定されている言語や宗教的表象に基づいている。したがって、近代世界に生きているわれわれは、古代の世界観を拒否し、聖書記者の真の意図と意味を解釈し、救いという宗教体験としてのケリュグマを抽出しなければならない。これが、実際、ブルトマンが、彼の神学において為し遂げようとしたことである。