Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

関根, 竹内「旧約聖書」『死生観と生命倫理』p.5

関根 清三, 竹内 裕「旧約聖書――『生かされてある』生」関根 清三編『死生観と生命倫理』東京: 東京大学出版会, 1999年, p.5

〈引用〉
 賜物としての生命 旧約において、生命世界は、他のさまざまな古代神話に見られるような神々の闘争によって生じたのでもなく、宇宙論的原理の因果によるものでもない。「ヤハヴェ神が土の塵で形作った人の鼻に命の息を吹き入れた」(創世記二7)行為によって人は生ける者となった。したがって、旧約的人間の生命は、神から与えられた〈賜物(たまもの)〉としてまず理解される。
 生命が〈賜物〉として与えられてあることの裏面は、「私の他に神はいない。私が殺し、私が生かす」(申命記三二39)という言明によって明らかである。神によって与えられる生命は、神によって奪われもする。すなわち、一度与えられた生命は、そこで人間一己の所有物となるのではない。人は、たえず(また、すでに)神によって生かされているのである。