Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

古屋安雄 神の国とキリスト教 第五章

古屋安雄 神の国キリスト教 第五章
【関心・疑問】

【論文名】
第五章 神の国と教団の分裂

【著者名】
古屋 安雄

【書名・(巻・号)・出版社・出版年・(版)】
神の国キリスト教』東京: 教文館, 2007年, pp.185-207

【本文の構成】
第一章 神の国キリスト教
第二章 神の国と神学
第三章 神の国と教会
第四章 神の国と青年
第五章 神の国と教団の分裂
第六章 神の国と教会の三類型
あとがき

【内容の要約(ページ数)】

【引用したい文章(ページ数)】
 日本のバルティアンもほとんど容共的であった。ここでバルトがかつて社会主義者であったこと、「赤い牧師」と呼ばれたことと、戦後「容共的」であったこととは無関係ではない。しかし、バルトは良い政治的判断の持ち主ではなかったのではないか。(p.190)

 日本の教会は、このような遺産を継承している教会である。神の国について語らなくなった教会である。それゆえに、教会では信仰義認を語り、教会を自己目的化した教会形成を言うようになった。バルト神学を受け入れることによって、そこでは神の国については、終末論的にしか語られなくなってしまった。したがって、神の国よりは社会が問題になってきたのである。六〇年代後半の世界教会協議会が、社会変革路線となり、教団が「教会派」と「社会派」に対立分裂したゆえんである。しかし、その中にあっても、その分裂を神の国で克服しようという試みが少数であるが現われてきた。(pp.205-206)

【コメント】