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主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

村田充八 宗教の発見 第三章

村田充八 宗教の発見 第三章
【関心・疑問】

【論文名】
第三章 日本社会とキリスト教の影響力

【著者名】
村田 充八

【書名・(巻・号)・出版社・出版年・(版)】
『宗教の発見――日本社会のエートスキリスト教阪南大学叢書; 88, 京都: 晃洋書房, 2010年, pp.65-95

【本文の構成】

第一章 宗教的人間と社会の分析視角
第二章 生駒の民間信仰と聖性
第三章 日本社会とキリスト教の影響力
第四章 カルヴィニストの信仰と日本社会
第五章 日本社会の宗教動向と社会的エートス
補遺 キリスト者の人生
書評

【内容の要約(ページ数)】

【引用したい文章(ページ数)】
 春名は、キリスト教においては、「再生者」と「非再生者」の間には、イエス・キリストにおける贖いの業にあずかっているかどうか、すなわち、「思考の枠組み」として最も根底にある人間の「心」という点において、決定的な相違が存在することを指摘している。人間に関連するすべての行為や構築物が、人間の「心」に起源をもつとするなら、「再生者」と「非再生者」の間には、決定的な「心」の部分における「相違」、あるいは「対立」が存在することになる。しかし、春名が指摘した点において注目すべきは、キリスト者と非キリスト者との関係は、「心」(すなわち「思考の枠組み」の原点)に関する「対立」という点のみにおいてとらえるべきではない、という点にある。それは、言い換えると、キリスト者と非キリスト者の間に共通する部分にも着目すべきであるという点にある。両者の「相違」、すなわち「対立」のみを強調する視点においては、おそらく日本社会におけるキリスト教伝道の可能性は出てこないであろう。しかし、春名は、両者の間の共通する「関係」に着目する必要があることを指摘した。その「関係」とは、神はすべての人々の上に「一般恩寵(39)」を与えられているという視点である。それは、日本人の感性と聖書の論理をつなぐものであるということができるかもしれない。(p.74)

(39) 神が与えられる「恩寵」については、救いにかかわる「特別恩寵」と、キリスト者であれ非キリスト者であれすべての人に平等に与えられている「一般恩寵」を区別する。(p.92)

【コメント】