Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

澤正幸 長老制とは何か 第五章

澤正幸 長老制とは何か 第五章
【関心・疑問】

【論文名】
第五章 長老制の帰結としての教会の国家からの自律

【著者名】
澤 正幸

【書名・(巻・号)・出版社・出版年・(版)】
『長老制とは何か』札幌: 一麦出版社, 2018年, 増補改訂版, pp.75-79

【本文の構成】
序言
第一章 「長老制」という呼称
第二章 長老制の聖書的根拠
第三章 「霊的統治方式」としての「長老制」
第四章 教会の会議
第五章 長老制の帰結としての教会の国家からの自律
補章 教会と国家 神の霊的統治と政治的統治
結語

あとがき

【内容の要約(ページ数)】

【引用したい文章(ページ数)】
 教会が国家から自律する根拠は、神から教会に授けられたつとめが、国家に与えられたつとめとは異なった、独自のものだからである。神は教会に「罪の赦し」の恵みの福音を委ねられた。この「罪の赦しの福音」によって、神との和解を与えられることは、信仰者にとって生涯にわたって必要なことである。「そういうわけで、我々に罪の赦しが絶えず与えられるのは、聖徒の交わりの中で、他ならぬ教会の職務を通じて、すなわち、この職務を委ねられた長老あるいは監督が敬虔な者の良心を福音的約束によって罪の赦しの約束に固く立たせ、そのことを必要に応じて公的にも個人的にも遂行する時である。個人的といったのは、弱さの故に個別的な慰めを必要とする多くの人がいるからである。パウロも、共通の説教のみでなく、家々においてもキリストを信じる信仰を証しして、各人に個別的に救いの教理を告げ知らせたことを思い起こしている」(『綱要』IV・1・22、傍点筆者)。(pp.77-78)

 政教分離は十九世紀以来の、ニュートラルな国家観からのみ導き出されてきた議論ではない。宗教改革の教会は、教会が王と民に福音を妨げられることなく、語り、聞き、それに聴従して生きる自由な空間を国家に要求してきたのである。わたしたちは今日どのような相手に向かって、このたたかいをなしてゆくべきなのだろうか。(p.79)

【コメント】