Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

越川『礼拝』p.146

越川 弘英『礼拝』信仰生活の手引き, 東京: 日本キリスト教団出版局, 2013年, p.146

〈引用〉
 宣教のわざは宣教する相手だけではなく宣教する私たち自身が新たな現実を発見する契機となります。それはまさしく「心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえる」ようになる経験です(ローマ12・2)。キリスト者は宣教にあずかることを通してますますキリスト者となっていくのであり、教会もまた宣教を通してますます教会となっていくのだと言えるでしょう。教会が教会であろうとするなら、私たちは必然的にこのような宣教共同体とならざるをえないのです。