Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

Battles, Analysis of the Institutes of the Christian Religion of John Calvin (金田, 高崎 訳『「キリスト教綱要」を読む人のために』p.93)

Ford Lewis Battles (assisted by John Walchenbach), Analysis of the Institutes of the Christian Religion of John Calvin, Phillipsburg, N.J.: P & R Pub., 2001
(金田 幸男, 高崎 毅志訳『「キリスト教綱要」を読む人のために――7行で読むカルヴァン』札幌: 一麦出版社, 2009年, p.93)

*第2編第3章

〈引用〉
5 人間は必然的に罪を犯すが、強制によってではない
a 人間には自分自身で善へと向かう力はない。聖書は、そのような動きをまったく神の恵みに帰する
b 堕落した状態にある意志は、罪を犯すことに熱心なままである
(1) 意志すること(人間的なこと)
(2) 悪を意志すること(腐敗した本性による)
(3) 善を意志すること(恵みによる)
c 必然と強制の区別
(1) 神が悪を行うことができないのは、強制されてではなく、神の限りない善のゆえである。神が善を行わなければならないという事実は神の自由な意志を妨げたり損なったりしない
(2) 悪魔は悪しか行うことができないが、自らの意志で罪を犯すのである
(3) 人間は、罪を犯す必然に服してはいるが、やはり意志的に罪を犯すのである
(4) 人間。自由→罪→腐敗(自由を必然へと変えた)
d この区別の要点。堕落した人間は、外部からの強制ではなく、意志的に熱心に罪を犯すのである。そこで、いまや堕落した本性は、ただ邪悪へと動かされたり促されたりするだけである。すなわち、今では罪を犯す必然性に服している
e 人間の自発的な隷属についてのベルナルドゥスの証言