Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

手島『心を鍛える「聖書」』p.40

手島 佑郎『心を鍛える「聖書」――いま自分と社会を見つめなおす』東京: 日本マンパワー出版, 1992年, p.40

〈引用〉
 自分自身の目標に向かって歩むとき、アブラハムにかぎらず、人は誰でも郷党に別れ、血縁生地を離れ、あまつさえ親の影響や家業とも訣別しなければならないのだ。
 それも聖書のこの個所の前後を注意深く読むとわかることだが、アブラハムは実は父を故郷に残して出発している(アブラハムが出立したとき、彼は七十五歳、父テラは百四十五歳。テラはその後、さらに六十年も生きている計算になる)。
 加えて、「神が示す地」であって、それがどこであるかは出発のときには示されてはいない。人生とはおおむねそういうものだ。あらかじめ目的地がどこかわかっていたら、冒険の楽しみもスリルもない。目的地が事前にはっきり示されていたら凡人でも行ける。歩くべき方向はほかでもない汝自身に向かってなのである。これは強い確信があって、もしくは不動の信仰があってはじめて可能なことだ。