Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

中島『人生を「半分」降りる』p.16

中島 義道『人生を「半分」降りる――哲学的生き方のすすめ』京都: ナカニシヤ出版, 1997年, p.16

〈引用〉
 私に身近な学会内でも大学内でも同じこと。会費をずっと払っていないこの会員をやめさせるべきか、次のシンポジウムの司会をだれに頼むか、カンニングをどうやって防ぐか、演習室の鍵をどうやって保管するか……エンエン何時間もかけて議論していることは、コンナことです。
 要職についている人たちはひとつの共通の錯覚に陥っている。それは、自分がいなければ国家・企業・大学・病院がメチャクチャになってしまうと思っていることです。だが、これは自己愛から生まれた錯覚で、「あなた」がいなくともあなたの所属している組織はうまく機能するのです。あなたが実力者であればあるほど、じつはあなたがいないほうがうまくゆく可能性は高い。
 組織にとってはあなたは絶対必要ではないのです。ただ、あなたにとっては、自分の生活を確保する場として、自分の能力を発揮する場として、他人を支配する場として、他人から尊敬をかち得る場として、そして国家を社会を自分の思う方向に実現する手段として、今の地位は必要かもしれない。セネカが警告しているのは、そうであるとしても、その一つ一つは「あなたはまもなく死んでしまう」ということから眼を逸らせ、あたかも死んでしまわないかのように自己催眠にかけて成立しているものだ、ということです。