Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

住田『カルヴァン政治思想の形成と展開』pp.86-87

住田 博子『カルヴァン政治思想の形成と展開――自由の共同体から抵抗権へ』東京: 新教出版社, 2018年, pp.86-87

 救済される人間に救済される理由があるわけでないとの認識は、神による一方的な救済を信じるカルヴァン自由論の支柱として機能する。救済が神からの一方的な恩恵によって与えられるとすることは、宗教改革の重要なテーゼのひとつである。本質的に罪に染まった存在である人間は、神の前において罪なしと見なされることは決してない。ただイエスによる贖罪を通じ、神の審判において罪を責められないという光栄を得ることができるのみである。ルターが「人間は神の恵みが与えられないと、神の戒めを決して守ることができないし、また認められてde congrunoであろうと功績に応じてde condignoであろうと、自らを恵みに準備することはできず、まことに必然的に罪の下に留まる」との命題を立て、そこからの帰納として「恵みに先行する功績は止み、また一つもなくなる」と述べた消息は、今ここに再説するまでもないと思われる。