Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

古屋『激動するアメリカ教会』p.41

古屋 安雄『激動するアメリカ教会――リベラルか福音派か』東京: ヨルダン社, 1978年, p.41

〈引用〉
 つまり、一般信徒からはなれていればいるほど、教職の政治社会的見解はリベラルになっているのである。教会本部あるいはNCCレベルの指導層と、一般教会員のあいだにギャップが生じ、それ故に、信徒たちが献金を本部やNCCには出さなくなっていったゆえんである。教職ないし教会指導層が、信徒をおいてきぼりにして、独走してしまったわけである。信徒があまりに保守的であったとも言えるし、教職が信徒を十分に指導できていなかったとも言えるであろう。いずれにせよ、両者のあいだのギャップが、「主流」教会の衰退の一つの原因である。
 第二の原因は、第一のそれとも重複するが、より神学的ないし信仰的な問題である。一般的に言って、神学的にリベラルな教会、教職および信徒は、政治社会的にもリベラルであり、逆に神学的に保守的な教会、教職および信徒は、政治社会的にも保守的であることは、常識とされていたが、多くの研究調査はそのことを裏書きしている。