Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 歴代誌下27章1~2節

聖書黙想 歴代誌下27章1~2節(新共同訳 旧約p.705)
「ヨタムと民に対する評価」

 昨日正しく生きたからといって、今日自ずと正しく生きられるわけではない。正しい生活は日々新しくなされなければならない。ヨタムの前の王ヨアシュ、アマツヤ、ウジヤは、初めと終わりが違っていた。それに対し、ヨタムは「主の目にかなう正しいことをことごとく行」おうと努めた。父ウジヤの末路を見て、高慢の結果がどのようなものかを目の当たりにしたからだろう。それで、父の正しい姿には倣いつつ、神殿に入って越権行為をする罪を犯さなかった。しかし、民は依然として堕落していた。「堕落していた」(2節)と訳されているヘブライ語は、「破滅する、滅びる」という意味で、神の怒りを引き起こす〈罪〉による堕落と関連した表現である。堕落した社会で正しく生きることは容易ではないが、クリスチャンには世の腐敗を防ぐ塩と光としての役割を果たす責任がある(マタイによる福音書5章13~14節)。