Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 歴代誌下29章1~11節

聖書黙想 歴代誌下29章1~11節(新共同訳 旧約p.708)
「ヒゼキヤの宮きよめの意志」

 罪に対する神の怒りを知っている人は、罪と戦い、きよさを追い求める。ヒゼキヤは、父アハズの偶像礼拝と神の懲らしめをよく見ていたので、「主の目にかなう正しいこと」を行った。彼は「その治世の第一年の第一の月」に、まずアハズが閉じた「主の神殿の扉を開いて修理し」た。これは、ヒゼキヤがダビデのように神への礼拝を優先する王であったことを示している。そして、祭司とレビ人を呼んで、身を聖別させた後、主の神殿の内外の汚れたものをなくして、きよめるよう命じた。そして「今このとき怠けていてはならない」(11節)、つまりただ傍観していてはならないと命じた。人々から後ろ指を指されるほどユダが悲惨な状態になったのは、彼らが神を捨て去ったからである。神を捨てれば、神も私達を捨てられるが、神に立ち返るなら、神は怒りを祝福に変えて下さる。