Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 歴代誌下32章24~26節

聖書黙想 歴代誌下32章24~26節(新共同訳 旧約pp.714-715)
「高ぶりと謙り」

 好調な時こそ謙り、困難な時こそ神を求めるべきである。ヒゼキヤは病にかかり、死にそうになった。生死の問題は人間が解決出来ることではなく、神の主権下にある。神はヒゼキヤの祈りに答えて病を癒し、寿命を加え、「日時計の影」を「十度後戻りさせ」るというしるしを与えられた(列王記下20章1~11節)。ところが、恵みを受けたヒゼキヤは心を高ぶらせた。高ぶりは〈私〉が主人になることである。ヒゼキヤの高ぶりのために、ユダとエルサレムに神の怒りが下った。ヒゼキヤとエルサレムの住民が謙ったので、神の怒りは彼の時代には臨まなかった。高ぶりは滅びを招き、謙りは滅びから命の道へと導く。私達は、生涯、謙遜を追い求めなければならない。