Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 マルコによる福音書2章23節~3章6節

聖書黙想 マルコによる福音書2章23節~3章6節(新共同訳 新約pp.64-65)
安息日の主であるイエスの教え」

 安息日を覚えて聖く守ることは神の命令である(出エジプト記20章8節)。ファリサイ派の人々は、文字通り安息日に何もしないことこそ、安息日を守ることであると考えていた。そのため、安息日にしてはならない禁止事項を規定し、それを守ることを重要視していた。問題は「人が安息日のためにある」ようになったことである。イエスは、安息日の意味を正すために、「安息日は、人のために定められた」ということを教えられた。イエスは「安息日の主」なので、これを教える権限がある。安息日は人の「命を救う」ための日なので、安息日に空腹で「麦の穂を摘」んで食べる行為は何の問題もなく、罪に定められることではない。安息日は恵みの日である。主が「片手の萎えた人」を安息日に癒されたように、私達は聖日にも善を行い、命を救わなければならない。