Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 マルコによる福音書3章7~12節

聖書黙想 マルコによる福音書3章7~12節(新共同訳 新約p.65)
「イエスの名声」

 神の国は全ての人に知られているが、誰もが救われて神の民になるわけではない。「ティルスやシドン」のような異邦の地域からも、「おびただしい群衆」がイエスの噂を聞いてやって来た。彼らは癒されることを願って押しかけて来たのである。彼らは、イエスが誰であるのかを知らずに病苦のためにやって来たが、憐れみ豊かなイエスはご自分の体に触れた病人を皆癒された(6章56節)。一方、「汚れた霊ども」が「イエスを見るとひれ伏し」たのは、イエスが「神の子」であることを知っていたからである。しかし、知っていることと信じることは違う。イエスは、自分の問題を何でも解決してくれる万能の存在としてではなく、救い主、人生の主人として私達が心に迎え、全く信じて従うことを願っておられる。