Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 マルコによる福音書7章24~37節

聖書黙想 マルコによる福音書7章24~37節(新共同訳 新約p.75)
「シリア・フェニキアの女の信仰」

 信仰は諦めない勇気である。一見、イエスは「汚れた霊に取りつかれた幼い娘を持つ」シリア・フェニキアの女を冷たく拒まれたように見える。その上、「小犬」という表現は差別のように聞こえる。しかし、これは彼女の信仰を試すためであった。「食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいただきます」という女の答えは、異邦人を犬だと嘲る現実を直視した上で自分の権利を主張する、堂々とした信仰である。イエスは女の信仰を見て娘を癒された。また、イエスは「耳が聞こえず舌の回らない人」を癒された。イエスが「天を仰いで深く息をつ」かれたのは、サタンに捕われて苦しんでいる人々に対する憐れみの故である。イエスは閉ざされたものを開き、結ばれているものを解く癒し主である。これはイザヤの預言の成就である(イザヤ書35章5~6節)。回復と新しい創造は、私達に対する主の御心である。