Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 マルコによる福音書8章11~13節

聖書黙想 マルコによる福音書8章11~13節(新共同訳 新約p.76)
ファリサイ派の人々の不信仰」

「しるし」(ギリシア語: セメイオン)は、単に奇蹟だけを意味するのではなく、その奇蹟を行ったのがどんな方であるかを示している。また、イエスの啓示も表している。ファリサイ派の人々が「天からのしるしを求め」たことは、イエスの力が神から来たものであることを立証せよという意味である。これは「イエスを試そうとし」たことであり、彼らの不信仰と敵対心の現れであった。イエスは故郷ナザレの不信仰な人々に、何も御業を行わなかったように(6章4~6節)、ファリサイ派の人々にもしるしを見せなかった。彼らは既に数多くのしるしを見ているのに、心を頑なにしてイエスを拒んだ。信じる心がなければ、しるしも無意味である。