Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 マルコによる福音書10章41~45節

聖書黙想 マルコによる福音書10章41~45節(新共同訳 新約pp.82-83)
「人の子が来た究極的な理由」

 イエスが追い求めた座は僕の道と十字架である。しかし、弟子達は栄光の座をめぐって争った。僕の道は世の権力者の道とは違う。弟子達もそれを知っていたが、まだ世の価値観が強く残っていた。世の権力者は自分のために他の人々を犠牲にするが、神の僕は自分の不自由さや損害、犠牲などを甘受する。イエスが全ての人のためにご自分の命を贖いの代価として与えた十字架こそ、最も偉大な僕の道である。「身代金」(ギリシア語: ルトゥロン)は、奴隷や戦争捕虜を自由の身にするために支払う値を意味する。相手の自由のために自分を犠牲にする人が、神の国の頭である。僕として仕えることが、神の国では最高に価値ある姿である。