Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 マルコによる福音書15章6~15節

聖書黙想 マルコによる福音書15章6~15節(新共同訳 新約p.95)
「バラバとイエス

 ピラトは群衆からの圧力に屈した弱い政治家であった。当時、過越祭には「祭りの度ごとに」「人々が願い出る囚人を一人釈放」する慣習があった。「バラバ」は「バル」(息子)と「アバ」(父)が結合したアラム語の名で、直訳すると「父の子」という意味である。群衆は神の御子であるイエスを捨て、「暴動のとき人殺しをして投獄されていた暴徒」であるバラバを選んだ。ピラトは宗教指導者がイエスを殺そうとして「引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていた」。しかし、群衆が「十字架につけろ」と「激しく」「叫び立て」ると、騒ぎになることを恐れ、「群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した」。イエスは、宗教指導者の妬み、群衆の熱狂、ピラトの保身によって十字架刑に処せられた。自分の安逸のための判決は永遠の恥として残る。