Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 マルコによる福音書15章39~47節

聖書黙想 マルコによる福音書15章39~47節(新共同訳 新約pp.96-97)
「イエスの死とその現場にいた人々」

 真理を悟ることは全て神の恵みによる。異邦人である「百人隊長」は「本当に、この人は神の子であった」と告白した。彼はイエスの沈黙と従順、赦しと愛、自然現象などから、イエスの神的権威を感じたのである。「ガリラヤ」からイエスについて来ていた「婦人たち」は、「遠くから」主の死を「見守っていた」。彼女達は使徒達以上にイエスに忠実な弟子達であった。「アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフ」が「イエスの遺体」の「下げ渡し」をピラトに願い出、葬るためには、勇気が必要であった。イエスの仲間だと見なされ、不利益を受けるかも知れなかったからである。それでも「勇気を出してピラトのところへ行」ったのは、彼が「待ち望んでいた」「神の国」をイエスの内に見たからである。神の国のためにこの世の命や富を放棄することが、真の弟子の信仰である。