Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 ルカによる福音書22章47~53節

聖書黙想 ルカによる福音書22章47~53節(新共同訳 新約pp.155-156)
「捕らえられるイエス

 祈って備えるなら、どんな状況も神の御心を成し遂げる場となる。祈って備えられたイエスの前に、「剣や棒を持ってやって来た」「群衆」も、イエスを「裏切る」「ユダ」も、神の偉大な御業を成し遂げるために用いられた。「あなたは接吻で人の子を裏切るのか」(48節)という言葉には、ユダに悔い改めを促される主の思いが込められている。祈って備えていない弟子の一人は、血気に逸って剣で「大祭司の手下」の「右の耳を切り落とした」。世の方法で立ち向かうことは神の御心ではない。聖徒が用いるべき剣は、聖霊の剣である神の言葉だけである。聖徒は、自分を防御する態度や暴力ではなく、愛によって世を癒す者である。祈って備えた人は、神の方法で神の御心を成し遂げる力が与えられる。