Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 エレミヤ書3章1~5節

聖書黙想 エレミヤ書3章1~5節(新共同訳 旧約pp.1177-1178)
「遊女の額をしている民」

 律法によると、或る人の妻が恥ずべきことをした場合、妻を去らせることが出来るが、後にその妻が戻って来ようとしても、その人はその妻を受け入れられない(申命記24章1~4節参照)。神はユダの民をそのような恥ずべき女と見られた。ユダの民は神の「もとを去って」多くの偶像に仕えたので、彼らの行いは明白な「淫行」であった。そのように「悪を重ね」ながら、「平気」なユダの民に対し、神は悔い改めを呼びかけられた。それは神の愛を示す恵み深い命令である。放蕩息子を迎える父のように(ルカによる福音書15章20節)、罪を犯した人でも、心から悔い改めるなら、神は喜んで受け入れて下さる。