Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 エレミヤ書5章20~25節

聖書黙想 エレミヤ書5章20~25節(新共同訳 旧約pp.1184-1185)
「主を畏れ敬わない民」

 神の民は神の「前におののき」つつ、その御言葉に耳を傾けなければならない。御言葉を聞く最も重要な姿勢は、神を「畏れ敬」う心を持つことである。しかし、ユダの民には畏れ敬う心で神に仕える姿が全くなかった。神の恵みに感謝せず、神の存在も意識しなかった。海は神が「定め」た陸地との「境」を「越えることはできない」。しかし、ユダの民は神が語られた罪の境界線を既に越え、更に神を裏切った。神が生活の必要を全て満たして下さる方であることを知りながらも、神を「畏れ敬」わなかった。感謝を知らない生活は、全ての良いものを受けられなくし、神の「恵みの雨をとどめ」る。罪は神から注がれる祝福が通る管を塞ぐ障害物である。