Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 エレミヤ書19章10~15節

聖書黙想 エレミヤ書19章10~15節(新共同訳 旧約p.1213)
「砕かれた壺」

 神はエレミヤに「民の長老と、長老格の祭司」の前で、「陶器師の壺を砕」くように命じられた。「陶工が作った物は、一度砕いたなら元に戻すことができない」ように、これは神がユダの民を打って裁かれるという象徴的な行為である。ユダの民は神の御前に役に立たない砕かれた器のようであった。彼らの最も根本的な罪は、神の「言葉に聞き従おう」とせず、偶像に仕えたことである。その結果、ユダの町は、死んだ人々の死体で満ちた「トフェト」のようになる。偶像に仕えることは神の目に「汚れた」行いである。人を汚すものは心の中から出る肉の欲の偶像である。私達は、自分の中に偶像に向かう心がないかどうかを点検し、御言葉によって心をいつも新しくしなければならない。自分を点検することの出来る最も透明な鏡は御言葉である。