Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 詩編90編1~10節

聖書黙想 詩編90編1~10節(新共同訳 旧約p.929)
「移ろう草のような人」

 89編がダビデ王朝の滅亡を扱っているのに対し、90編は神ご自身が「代々にわたしたちの宿るところ」であると歌っている。目に見える世の国には終わりがあるが、神は「大地が、人の世が、生み出される前から/世々とこしえに」存在される方である。神には「千年といえども」、「昨日が今日へと移る夜の一時にすぎ」ない。一方、全ての人は、「朝が来れば花を咲かせ」、「夕べにはしおれ、枯れて行」くる草のように短命な存在である。私達の「人生の年月は七十年程のもの」で、「健やかな人」であっても「八十年」ほどである。しかも、その人生において「得るところは労苦と災いにすぎ」ない。全ての人は「罪」と死という深刻な問題を抱えて生きている。そして、人生はむなしく過ぎ去ってしまう。人生が短く、限りのあることを想い起こす時、聖徒は、永遠なる神の御前に謙遜な者へと変えられていく。「瞬く間に」過ぎ去ってしまう人生を、主のために惜しみなく用いよう。