Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 ヨハネの福音書9章1~3節

聖書黙想 ヨハネ福音書9章1~3節(新改訳 新約p.178)
「苦難の目的」

 苦難の理由と目的は区別しなければなりません。苦難の理由を究明しようとすると過去に執着してしまいます。しかし苦難の目的を追究するのは未来志向的です。弟子たちは生まれつきの盲人が盲目なのはなぜかということに執着します。その理由が胎内で犯した罪のためか(創世記25章22節参照)、両親の罪のため(エゼキエル書18章2節参照)だと考えます。しかしイエス・キリストは苦難の理由についての彼らの質問が的外れなものであることを悟らせます。そして「神のわざがこの人に現れるためです」と語って、苦難の目的を強調されます。苦難の中で「なぜ」に執着してしまうならば、その苦難にさらに深く陥ってしまいます。しかし、目的に焦点を合わせるなら、苦難を通して神の栄光を現すことができます。