Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 ヨハネの福音書9章4~12節

聖書黙想 ヨハネ福音書9章4~12節(新改訳 新約pp.178-179)
「シロアムの意味」

 イエス・キリストはご自分の時が遠くないことを知り、目の見えない人の目をいやすことで、世の光としてその役目を全うします。目のいやしは、まずイエス・キリストの特別な行動(つばきで泥を作って彼の目に塗る)とその人の従順(シロアムの池に行って洗う)によって起こりました。ここでの「シロアム」には二重の意味があります。一つは、目の見えない人がイエス・キリストに遣わされてシロアムの池に行ったという意味です。もう一つは、イエス・キリストがメシヤとして神に遣わされてこの地に来られたという意味です。つまりイエス・キリストは目の見えない人をシロアムに遣わしていやすことで、ご自分も神に遣わされて世に来たメシヤであることを示されました(イザヤ書35章5節; ルカの福音書7章22節参照)。シロアムは、イエスが神に遣わされたメシヤであるという驚くべき証拠です。