Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 ヨハネの福音書9章13~23節

聖書黙想 ヨハネ福音書9章13~23節(新改訳 新約p.179)
「証拠と不信」

 イエス・キリストが生まれたときから盲目だった人をいやしたという奇蹟をパリサイ人たちは信じませんでした。そこでその奇蹟が嘘だという証拠を探すために、いやされた人を訊問します。その人は自分の体験により、主を「預言者」だと認めました。そこでパリサイ人たちはその体験を偽りに仕立てようと手を尽くしますが、証拠を見つけることはできませんでした。ついにはその人の両親まで呼び出し、その人が生まれたときから盲目だったのか、彼らの息子に間違いないか問い詰めました。しかし、明白な事実を偽りとする証拠などあるはずがありません。彼らはイエスがメシヤ(キリスト)ではないという自分たちの主張を証明しようとしましたが、かえってイエスがメシヤであるという真理の証拠を得ることになりました。