Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 ヨハネの福音書10章22~25節

聖書黙想 ヨハネ福音書10章22~25節(新改訳 新約pp.181-182)
「全く信じない人々」

 宮きよめの祭りのとき、ユダヤ人たちがイエス・キリストを取り囲みました。彼らは気をもんで、一体イエス・キリストの正体が何なのか、再び尋ねます。イエスが本当にキリストならばはっきりと言ってくれと求めます。しかし彼らはイエス・キリストの行った奇蹟を見ても自分たちの基準と先入観でイエス・キリストを理解しようとしたので、イエス・キリストを信じることができませんでした。彼らの心は宮きよめの祭りの冬の気候のように冷え冷えとしていました。彼らはみことばで約束されたメシヤではなく、自分たちが望むメシヤを待っていました。自我を捨てなければイエス・キリストが本当は誰なのかを知ることはできません。自分の自我と考えを捨てて主の戒めを守るとき、イエス・キリストが私たちの良い牧者となり、私たちを抱いてくださいます。