Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 ヨハネの福音書11章7~16節

聖書黙想 ヨハネ福音書11章7~16節(新改訳 新約p.183)
「ラザロの死」

 イエス・キリストユダヤに向かうことは、弟子たちの目には死に向かう無謀な冒険のように思われました。しかし、イエス・キリストは神の時にしたがってご自身の道を歩まれました。光であるイエス・キリストが神の御業を行われる間には、昼間のように誰もやみの中で道を失ったりつまずくことはありません。イエス・キリストに従って生きることは、世の中の成功や楽な生活を与えてはくれませんが、永遠のいのちを約束してくれます。マリヤとマルタには、ラザロを失った大きな悲しみがありましたが、光であるイエス・キリストはその悲しみを永遠の悲しみとはされません。主はラザロの死を、その姉妹をはじめとする多くの人々に、大きな喜びと信仰を与えるためのきっかけとされました。いかなる試練や悲しみも、神は真の喜びと恵みの通り管に変えてくださいます。