Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 ヨハネの福音書11章17~22節

聖書黙想 ヨハネ福音書11章17~22節(新改訳 新約pp.183-184)
「マルタの嘆き」

 ラザロが死んで4日も経ったので、マリヤとマルタは悲しい現実を受け入れるしかありませんでした。悲しい現実の前で、いかなる言葉も2人の姉妹には慰めになりませんでした。パウロが言ったように、死者の復活がなく、私たちの望みがこの世だけならば、イエス・キリストに望みを置いている人々はさらに哀れな者になります(コリント人への手紙第一15章12~19節参照)。マルタは、イエス・キリストがベタニヤに来てくださっていたら、ラザロは死ななかっただろうと恨み混じりに嘆きます。その一方で、わずかな望みを捨てず、今でもイエス・キリストが何でもおできになる方であることを信仰によって告白します。マルタ自身もその信仰の実態が何かを知らなかったことでしょう。絶望の中でも主にすがって信仰を告白するとき、全能なる主が働かれます。