Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 歴代誌上21章28節~22章1節

聖書黙想 歴代誌上21章28節~22章1節(新共同訳 旧約p.658)
「応答の場、礼拝の場」

 罪の代価と赦しの恵みがどれほど大きいかを知っている人は、主なる神を畏れる。「そのころ、モーセが荒れ野で造った主の幕屋も、焼き尽くす献げ物をささげる祭壇も、ギブオンの聖なる高台にあ」った。しかし、主なる神の懲らしめと憐れみを経験したダビデは、その後も「エブス人オルナンの麦打ち場」で「イスラエルのために焼き尽くす献げ物をささげ」た。ダビデがそのようにしたのは、第一に、「主の御使い」が再び裁きの「剣」を抜くのではないかと「恐れ」たからです。第二に、そこが、主なる神が火を降して答えて下さった恵みの場所であり、主なる神の臨在の場所だったからである。ダビデは、オルナンの麦打ち場を「神なる主の神殿」と呼び、後に神殿を建てる場所とした。主なる神に出会った場所を慕い、主なる神の臨在を求めることが礼拝者の姿勢である。