Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 マルコによる福音書16章9~14節

聖書黙想 マルコによる福音書16章9~14節(新共同訳 新約pp.97-98)
「信じようとしない頑なな心」

 目に見えることだけを信じるなら、それは真の信仰ではない。復活は理性で悟ることは出来ず、ただ信仰によって受け入れるべき真理である。「以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた」「マグダラのマリア」は、復活の主に最初に会う栄光に与った。また、復活の主は「エマオという村へ向かって歩」いていた「二人の弟子」にも現れた。その一人は「クレオパ」である(ルカによる福音書24章13~35節)。彼らは、「イエスが生きておられること」、復活の主に出会ったことを「イエスと一緒にいた」弟子達に伝えたが、弟子達は「信じなかった」。後にイエスは11人の弟子達に「現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった」。弟子達の不信仰と無知は何度も表面化してきた根深い問題である(6章52節、8章17節など)。イエスの関心は弟子達の〈信仰〉にある。イエスが語られた通りになると信じることが真の信仰である。復活信仰はイエスの全ての御業と預言を確証するものであり、福音伝道の核心である。